大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成9年(あ)1147号 決定 1998年3月04日

本店所在地

高知県幡多郡西土佐村大字用井八四一番地

株式会社西土佐生コン工場

右代表者代表取締役

濱田敦夫

本籍・住居

高知県幡多郡西土佐村大字用井四八一番地

会社役員

濱田敦夫

昭和二九年八月二八日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成九年一〇月九日高松高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する

理由

弁護人南正の上告趣意は、憲法三一条、三五条、三八条違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 福田博)

平成九年(あ)第一一四七号法人税法違反被告事件

上告趣意書

被告人 株式会社西土佐生コン工場 外一名

平成九年一二月一五日

右被告人両名弁護人 南正

最高裁判所第二小法廷 御中

第一 原判決には、憲法第三一条・三五条・三八条の違反がある。

すなわち、本件税務調査は、調査を受ける者の真摯な承諾・立会いの全くない、任意調査を超える違法なものであり、かつ任意調査の名を借り実質的には当初から強制捜査のための資料収集目的でなされたものであって、適正手続・令状主義をうたう憲法の同条項に明らかに反するのである。そして、原判決は、右違法な税務調査によって採取された証拠及びそれから派生した違法な二次証拠であることは明白であるにも拘らず、これらを証拠として採用しており、原判決自体が重大な憲法第三一条・三五条・三八条違反を犯しているのである。以下詳論する。

一 本件税務調査が任意調査の範囲を越えることについて

1 本件税務調査においては、事前通知が欠如している。

事前通知は、税務調査があくまで任意の行政調査であることから、質問検査権の意味を十分に理解させ、強制捜査との区別を認識させ、代表者の立会いを確保させるという重要な意味をもつものである。

しかしながら本件では事前に通知しなかったため代表者の立会いが得られず、当事者が任意調査であるのか強制捜査であるのかの区別もつかないまま、任意の承諾のない調査が行なわれ、単に通知の欠如というに留まらない重大な違法を引き起こしてしまっているのである。

原判決は、事前の通知のかかる意味を理解しておらず、適正手続を規定する憲法第三一条の趣旨に反する。

2 原判決は、本件税務調査が代表者不在のまま、正当な調査期日延期の申出を無視して行なわれたことについて、違法はないと判示する。

しかし、あくまで任意調査である以上、納税者には調査に際し立会いをし、違法・不正な手続が行なわれていないか否か監視する権利があることも当然である。これは自己の知らぬ間に不当な不利益を被ることなく、適正な手続によらねばならないという憲法三一条の要請するところである。そして、調査の対象が法人の場合、立会いを行なう主体は、法人の代表者若しくはその権限を授与された者であるということも、極めて当然の理である。

しかし、本件調査の際居合わせた濱田稔は、被告人濱田敦夫の父であり被告会社の関連会社の取締役であるにすぎず、被告会社の取締役ではなく、被告会社の経営には法律上も事実上も全く関与していなかった。

原判決は、木村らが、濱田稔が被告会社の役員であると信じ、被告人濱田敦夫が不在であると聞いたため、同人に代わるべき者として濱田稔に立会いを求め、形式的な承諾を得たという事実を重視する。

しかし、あくまで重要なのは、客観的に被告会社の実質的権限を持っている者により承諾・立会いが行なわれたか否かということである。木村らが主観的にいかに濱田稔が被告会社の役員であると誤解しても、客観的に被告会社の実質的権限を全く持っていない者が被告会社の調査につき承諾・立会いをなしても、それは何らの意味を有せず、代表者の承諾のないかかる税務調査は、被告会社側からすれば、自己の知らぬ間に勝手に調査を行なわれたという、人権侵害以外の何者でもないのである。

また、岡村春美は、被告人濱田敦夫の指示に従い単純な事務を行なうのみで、生コンの売値の決定・物品の購入・借入・税務当局との交渉等は全て被告人濱田敦夫が行なってきていたのであり、被告会社の実質的権限を持つような立場には全くない。したがって、岡村の承諾や異議を述べなかったことを検討することも無意味であると言わざるを得ない。

原判決は、濱田稔が立会うに至った過程において、濱田稔や岡村が何らの異議を述べなかったとする。

しかし、右のとおり権限のない濱田稔や岡村の承諾や、異議を述べなかったことを考慮すること自体、誤りであって、代表者の立会いがないという重大な瑕庇は全く治癒されない。

そしてこれらの者が異議を述べていないのは、次項で述べるとおり、協力しないと大事になる、心証を害したら大変だとの発言等、木村らの強制捜査と誤認せしめるような行動により、強制捜査であると考えたからであり、任意の真摯な承諾であるというには程遠いのである。

以上のとおり、代表者の立会いがないまま違法な税務調査が行なわれ、その資料に基づく査察による資料を証拠として採用することは、適正手続を旨とする憲法第三一条に明らかに反するのである。

3 強制捜査と誤認せしめる行動

原判決は、被告会社の帳簿類の提示や金庫の開扉、在中の預金通帳や現金等の提示、岡村のかばんの中の現金の提示、関係書類の一部コピーや預かりなどは、岡村及び濱田稔の承諾の下に行なわれたとする。

しかし、事前の通知はなく、今まで一度も来たことのなかった国税局の者が多数押しかけ、任意調査であることの説明は全くなく、強制力はなく正当な理由があれば別の日に代表者の立会いの下調査しうること等の説明もなく、動かないようにとか、電話をとるな等と命令する状況、さらに、トイレにまでついてくるという、異常な身体拘束状況があったのであり、かかる強制捜査と誤認せしめるような状況において、岡村らが強制捜査と受け止めるのは通常一般人として当然である。そして、岡村らは、木村らから、調査に協力しないと自分たちの心証を悪くして、調査の内容をどうにでもできるとか、協力してもらわなければ大事になりますよ、私達はどんなことでもできるなどと言われ、強制捜査であって拒絶できないとの恐怖感からやむなく調査に応じたのであり、岡村らの任意の承諾があったとは到底言えない。

原判決は、岡村と濱田稔の証言が、その言われた時期及び心配した不利益の内容において相違しているとし、木村らがかかる発言をしたことを否定する。

しかし、右のような強制捜査と誤認せしめる一連の経過の下、恐怖感に怯えた両名が、その言葉を言われた時期を正確に覚えていなかったとしても、特に不自然ではない。両名の証言は、「協力してもらわなければ」「心証」を悪くすると言われた点など、木村らの発した言葉の根幹部分については一致しており、極めて信用性が高いものである。しかも、その言葉の受取り方は個人にとって異なるのが自然である。濱田稔は、ちょうど金丸事件があってそういうことが頭にあり、即逮捕でなくても、逮捕してでも取調べられるという感じに受けとったと証言し、自身の心情を素直に吐露しており、この点でも十分信用しうるものである。原判決は、この点において重大な事実認定の誤りをも犯している。

本件税務調査は、かかる脅迫的言辞の下、代表者不在のまま金庫を開けさせ、さらには女子職員の私物であるかばんまでも開けさせるという違法行為に及んでおり、法治国家として許されざる事態を生ぜしめているのである。

右のように、本件税務調査は任意調査の名の下、令状主義を潜脱し、任意かつ真摯な承諾のないまま行なわれたもので、任意調査の範囲を明らかに超えており、憲法第三五条及び第三八条にも違反する。そして、原判決が、本件証拠書類を違法収集証拠及びこれから派生した違法な二次証拠として排除しなかった第一審判決を支持したことも、同様の違反を犯しているのである。

二 税務調査による資料の強制捜査への流用

本件では、令状を得るための基礎資料が全くなく、強制捜査に着手できないため、任意調査に名を借りて強制捜査のための資料漁りがなされ、右のとおり違法な税務調査で得られた資料がそのまま強制捜査に流用されており、これは憲法第三五・三八条及び法人税法第一五六条に明らかに反する。

すなわち、犯罪捜査については、憲法第三五・三八条の手厚い保障が及んでいる。しかし、任意調査たる税務調査の結果をそのまま強制捜査に流用しうるとするなら、税務調査については法人税法第一六二条二号の規定により供述が強制される結果となり、これが犯罪捜査のために用いられれば、強制による供述をそのまま用いることになるのであって、犯罪捜査について保障される憲法上の権利保護を全く無にすることになるのである。同じ犯罪であっても行政の調査が先行すれば憲法の保護を受けず、当初から犯罪として捜査されれば手厚い保護が存在する、このような差異を生じることが果たして許されるであろうか。断じて否である。もしこれを許せば、任意調査と称して令状主義・黙秘権の保障を無視したあらゆる手段で犯罪捜査を行なうことが可能となり、行政の違法・横暴を謙抑するという司法の機能は全く果たされなくなるのである。

法人税法第一五六条は、まさにこの憲法の保障を無にしないために設けられたもので、単なる訓示規定ではないのである。

さらに、本件では、任意調査の結果として偶然に判明した資料を査察に流用したわけではなく、木村らが当初から強制捜査を行なう意図で、そのための資料収集のために税務調査を実施した疑いが極めて強い事案である。

原判決は、このような疑いは全く認められないとしている。

しかし、料調直後の査察について、木村が資料を査察に見せたこともコピーを回したことも一切ないと偽証し、高柴が資料は見せたがコピーは回していないと偽証する中で、本件当時国税局査察部門主査として本件査察に当った河田自身が、「資料調査課に資料を見せてもらい、かつコピーも得た」旨明言しているのである。

そして、査察の当日に料調が預かっていた重要資料がそのまま差押えられている。木村はこの点、当日宇和島に赴いていて偶然査察を知り、偶然持ち合わせていた資料を被告会社に持参して押収手続がなされた等とする。しかし、段ボール一箱にも相当する重要資料を偶然に持ち歩くということは経験則上到底考えられず、木村の偽証であることは明白である。同人は、当初から強制捜査を行なう目的であったため、これを隠匿するためかかる偽証までせざるを得なかったのである。原判決は、この点で重大な事実誤認を犯している。

このように、当初から強制捜査を行なう目的が存する場合、憲法に違反する程度は一層強固である。

三 以上のとおり、本件では、税務調査自体違法であるばかりか、当初より強制捜査の目的で、税務調査の資料をそのまま強制捜査に流用しており、二重の意味での憲法違反が存するのである。

すみやかに原判決を破棄されるよう求める次第である。

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